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Kazamaki Takashi
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詩朗読会 「東京の空の下 ~」
長谷川修児詩朗読会「東京の空の下 秋は流れる」

日時      

2008年12月8日(月)

午前2時より午後6時まで 入場無料

場所       

元住吉  アートスクエア木月

東急東横線「元住吉」駅西口徒歩3分

川崎市中原区木月1-8-4  Tel. 044-433-4010

内容       

長谷川 修児(詩)・大田敦子(短歌)・深志聖子(短歌)・阿部めぐみ(詩)
木村まき(詩)・宇治川セツ子(詩)・ぼけまる(唄)・参加者による自由発言 

            


今年5月の「五月未来へ、風はどこへ吹くか」、8月の「八・一五 太陽は希望か 希望は戦争か 栄養不良少年はいく」という詩の朗読会に続く、長谷川修児とその活動に共鳴する詩人、歌人、シンガーソングライターによる朗読会の第三弾。
70年代「詩のベ平連」を表明してから長谷川修児がコツコツと作り上げた個々人のネットワークは、組織や運動といったものが疲弊していっても、手作りのガリ版刷りのミニコミ「遊撃」を発行し、多くのミニコミと世の中の実相といったものをあぶりだす作業といったものを共有するなかで、確固としたつながりを築き上げてきた。

「東京の空の下~」というタイトルは、「パリの空の下セーヌは流れる」という映画のタイトルからの援用だろう。
8月の朗読会が戦争というものにひたすら立ち向かったものだとすれば、今回の12月の朗読会は太平洋戦争の開戦の日ということにこだわったわけではなく、それはむしろジョン・レノンが殺された日というものに寄り添いながら、さまざまな秋から冬の情景といったものを淡々と伝えていく。

それは三里塚という場所に灯されたかすかな希望であったり、病院のホスピス棟へ友人を訪ねた記憶だったり、南アルプスの稜線に浮かぶ「原詩人」としての赤石岳だったり、絵描きマサイチのハガキ絵だったり、少年の頃の霜焼けと冬の記憶だったり、「なんと悲しい世の中だろう」という死刑囚への共感だったり、世紀を越えてさすらっていく炭鉱労働者やその労働組合への共感だったりする

そうした一見バラバラなモチーフではあるけれど、長谷川修児という詩人のなかでは、それぞれが「個の蜂起」というものにつながるものであり、それらはこの国の実相として確固としたものとしてある。
詩というものが作者によって朗読されるとき、紙の上に書かれた文字とは別の力を持ってくる。
言葉というものが、ただの情報や意見といったものにとどまらず、人を動かす力といったものを持っていることを、長谷川さんの朗読に触れて改めて感じ入る。
12月8日、平日の昼下がりというのは、ごくありきたりの生活に追われる時間帯だ。
天気が良ければふとんを干す、そんな初冬の昼日中、長谷川修児と彼の呼びかけに応えた詩人達の言葉は、そうして日常の中に深く、確かに浸透していく。

文責:風巻隆(アートスクエア木月)





問い合わせ    

tel & fax ・044-433-4010 アートスクエア木月

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Kazamaki Takashi
長谷川修児   0 0

詩朗読会 「八・一五 ~」
■ 長谷川修児詩朗読会「八・一五 太陽は希望か 希望は戦争か 栄養不良少年はいく」

日時

2008年8月15日(金)
午前2時より午後5時まで 入場無料

場所

元住吉  アートスクエア木月

*東急東横線「元住吉」駅西口徒歩3分

川崎市中原区木月1-8-4  Tel. 044-433-4010

内容 

長谷川 修児(詩)木村まき(詩)黒田順子(詩)

梶谷泉(影絵芝居「狼の系譜」)ぼけまる(唄)貝方寺秀一(唄)

DVD上映「私の八月十五日 長谷川修児」(脚本・詩・朗読 長谷川修児)ほか 


一九四五年七月二十八日 P51は機首をぼくたちにむけるとまっしぐらに校庭に急降下してくる 反復急降下するたびにぼくたちの目の前に弾幕の土煙りがたって それはぼくたちの防空壕に急速に近づいていた 操縦士の顔が突っ込んでくるような気がして みんないっしんに校庭をみつめていた ぼくたちはだれも死ななかったけれど 近くの工場に勤労動員にでていた二年生が死んだ(略)


東京を離れてからわずか百十四日で戦争は終わった 八月十四日 戦争最後の夜 熊谷空襲の炎に武蔵嵐山の空は燃え B29爆撃機は十五日朝になってもとぎれることなく飛びつづけていた 空にたちこめるけむり 交差するサーチライト 仰いだ少年の最後の戦争をぼくはずるずるとひきずっている 八月三十日 ダグラス・マッカーサーはやってきた (略)


戦場から兵隊が帰ってくると疎開者は住む場を失った 父について農家をめぐった 馬小屋でよかったら貸そうという農家もあった 農家も生活に必死だった 一日の食料もままならなかった 唐子の甘藷もなくなっていた


十四歳忽然と悟りの気にぼくは満たされていた 戦争は人々にとって生きていく張であった 荒廃は戦争のあとからやってくる ぼくたちの少年期はまだ抹殺されつづけていた 戦争と焦土にはいつくばって胸を張ってきた栄養不良少年は はげしく移り変わっていく時代と人間にたじろぎながら未来をみつめた           

(唐子村慕情 抄/長谷川修児)




反戦、反骨の詩人・長谷川修児にとって、「八月十五日」は特別な日としてある。
それは終戦の日でも、平和の日でも、慰霊の日でもない。
多くの日本人にとってその日は、過去の過ちを振り返り、尊い犠牲となった同胞や近しい人達のことを思い、その人達の無念の上に築かれた戦後の平和に感謝し、この国の繁栄を信じ、自分自身の今ある生をいとおしむ…、おそらく、そんな日に違いない。

しかし、長谷川修児の「八月十五日」は、そうしたものとは無縁のところで、戦後の始まった日としてある。
軍国少年としてかけがえのない少年期を抹殺されたものにとって、その日は、まったく新しい人生のスタート地点だったはずだ。
これから時代が変わる…、そうした思いもつかのまに、この国を変えさせないという策動や、極東を支配したい大国の思惑によって、平和憲法や民主主義の理念さえもなしくずしにしていくような、いびつな国にこの国はなっていく。
自衛隊、安保条約、経済侵略、PKO、イラク戦争…いつのまにか軍事大国へと向かうこの国の現実を、もう一度しっかりと見据える必要がある。
長谷川修児が、この日にこだわるのは、「もう二度と、国にはだまされたくない」という、14歳の栄養不良少年の「声なき叫び」を、今の時代によみがえらせたいからなのだ。

文責  風巻 隆(アートスクエア木月)



問い合わせ    

tel & fax:044-433-4010 アートスクエア木月

e-mail :takashikazamaki@h6.dion.ne.jp (風巻)


Kazamaki Takashi
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詩朗読会 「五月未来へ ~」  
■ 長谷川修児 詩の朗読会 「五月未来へ、風はどこへ吹くか」

日時

2008年5月17日(土)

午前2時より午後4時まで 入場無料


場所

元住吉「アートスクエア木月」

東急東横線「元住吉」駅西口徒歩3分

川崎市中原区木月1-8-4  Tel. 044-433-4010

image001←画像クリックすると拡大します。



目覚めると朝の食卓に/でぇーんとどでかい靴がのっている

椅子にはヘルメット/壁には迷彩服がかかり/柱には立てかけられたライフル

テレビはいきなり市街戦を映しだし/ラジオは非常事態宣言を繰り返し伝えている

庭をのぞくとすでに露営地にされている

母がいつもの時刻/七つ道具を入れた箱を抱えて起きてくる

テレビチャンネルをまわす/まわしても画像はどこも同じ

今さら説明のしようもない

あなたは食卓の靴をかじり/ぼくは柱に立てかけたライフルを使って体操する

やがて妹も起きだしてくる日曜日の朝

サイエンスフィクションのように/未来は/きた

(科学小説のように/長谷川修児)


問い合わせ

tel & fax:044-433-4010 アートスクエア木月 
e-mail:takashikazamaki@h6.dion.ne.jp (風巻) 




1966年2月から1975年7月にかけて、ガリ版による「ベトナム反戦詩集」を発行し、「詩のベ平連」を表明して路上や、万国博覧会、さまざまな運動の現場などに足を運んだ長谷川修児は、以降、一貫して反戦、反権力、反差別という、声なきものへの共感といったものを土台にした、草の根の活動を続けてきた。

71年1月に発行をはじめたガリ版月報「遊撃」は、B6版16ページのミニコミに、詩や評論、エッセイ、書評、読者からの便りなどが満載され、その編集やガリ切り、発送までひとりの作業でまかない、マスコミが取り上げないようなさまざまな事例に関しても、ものごとの本質といったものに切り込んでいく鋭い視線で、この国の目には見えない本当の姿というものを、コツコツとあぶり出していく作業を現在も続けている。

1932年(昭和7年)東京生まれの長谷川修児は、軍国少年として太平洋戦争の時代を生きる。
国のプロパガンダによって自分の大切な時を失ってしまったという意識は強かったので、中学を卒業しガリ版屋を手始めに職を転々としながら、詩を書き始める。
また、その頃ポケットにいつもあったハモニカは、詩とともに自分を表現できる数少ない手段でもあったので、詩の朗読の際にはハモニカ演奏がいつもついている。

なお、今回の詩の朗読会には、ゲストとしてミニコミ仲間で、ギターの弾き語りをするぼけまるさん、阿部和正さんも出演が予定されている。
参加者の飛び入りの朗読も、「詩は朗読で」が持論の長谷川修児さんは歓迎してくれるはず。
この国や、世界全体の行き先がまったく見えない生きにくい時代の今だからこそ、わたし達の生身の声を未来へ向けて語りかける、そんな五月の、さわやかな風に吹かれてみたいと思う。

文責  風巻 隆(アートスクエア木月)





Kazamaki Takashi
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