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Kazamaki Takashi
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小林光子写真展より その2
小林光子写真展 「母-103歳を生きて」(3月28日/水~4月2日/月)より、展示作品の一部をご紹介いたします。

*それぞれの画像をクリックして、画像を拡大してごらんください。

■ クリーム以外は何もつけないという化粧/1988年、87歳


小林1


■ 法律事務所の年賀状の宛名書きのアルバイト/1984年、83歳


小林2


■ 親族に囲まれた米寿のお祝い/1989年、88歳


小林3


■ 自らのルーツをめぐる旅。西吾妻スカイバレーの白布峠にて/1988年、87歳。


小林4


■ 大好きな湯野上温泉・星乃井で/1991年、90歳


小林5


■ 車椅子に乗って近くの渋川まで花見に/2000年、99歳


小林6


■ 2001年正月に孫たちと。腕の力がやたらと強い/100歳


小林7


■ 近くの特別養護老人ホームのショートステイで、豪快に水を飲む/2003年、102歳


小林8


■ 家のベッドで/2003年正月、102歳


小林9



■ 小林光子写真展 「母-103歳を生きて」

日時   

  3月28日(水)~4月2日(月)

午前10時30分より午後6時まで(最終日午後5時まで)


場所  

元住吉  アートスクエア木月

東急東横線「元住吉」駅西口徒歩3分

  川崎市中原区木月1-8-4

  Tel. 044-433-4010

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Kazamaki Takashi
小林光子   0 0

小林光子写真展より その1
小林光子写真展 「母-103歳を生きて」(3月28日/水~4月2日/月)より、展示作品の一部をご紹介いたします。

*それぞれの画像をクリックして、画像を拡大してごらんください。

■ クリーム以外は何もつけないという化粧/1988年、87歳


小林1


■ 法律事務所の年賀状の宛名書きのアルバイト/1984年、83歳


小林2


■ 親族に囲まれた米寿のお祝い/1989年、88歳


小林3


■ 自らのルーツをめぐる旅。西吾妻スカイバレーの白布峠にて/1988年、87歳。


小林4


■ 大好きな湯野上温泉・星乃井で/1991年、90歳


小林5


■ 車椅子に乗って近くの渋川まで花見に/2000年、99歳


小林6


■ 2001年正月に孫たちと。腕の力がやたらと強い。


小林7


■ 近くの特別養護老人ホームのショートステイで、豪快に水を飲む/2003年、102歳


小林8


■ 家のベッドで/2003年正月、102歳


小林9



■ 小林光子写真展 「母-103歳を生きて」

日時   

  3月28日(水)~4月2日(月)

午前10時30分より午後6時まで(最終日午後5時まで)


場所  

元住吉  アートスクエア木月

東急東横線「元住吉」駅西口徒歩3分

  川崎市中原区木月1-8-4

  Tel. 044-433-4010

Kazamaki Takashi
小林光子   0 0

小林光子写真展 「母-103歳を生きて」
■ 小林光子写真展 「母-103歳を生きて」



kobayasimitukophoto


日時   

  3月28日(水)~4月2日(月)

午前10時30分より午後6時まで(最終日午後5時まで)


場所  

元住吉  アートスクエア木月

東急東横線「元住吉」駅西口徒歩3分

  川崎市中原区木月1-8-4

  Tel. 044-433-4010

内容   

多摩区在住のアマチュア写真家・小林光子(80)による写真展「母・103歳を生きて」が、元住吉の「アートスクエア木月」で開催される。

母・風巻サダを83歳のときから20年に亘って撮り続け、80歳代のつましい毎日の生活の断片を切り取った「ひとり暮らしの日々」の作品、孫やひ孫に囲まれた正月や、祝い事での記念写真、そして95歳で軽い脳梗塞で倒れてから、2004年に102歳9ヶ月で亡くなるまでの晩年を写す「介護の日々」の作品までの約30点は、娘の視点で高齢者の日常に寄り添いながら、「女の人生」や、「老いとの向かい合い」といったテーマを投げかけていく。

1983年、56歳のときに「老後の楽しみ、生きがい」にと、現代写真研究所の十期生として写真をはじめた小林光子は、以来「高齢女性の生き方」をテーマに作品作りに取り組んでいく。

仕事として関わってきた新日本婦人の会など、婦人運動の分野の人脈をいかして、住井すゑ、櫛田ふき、丸岡秀子ら婦人運動の先達や作家にカメラを向け、また、老いてなお人生を楽しむお年寄りたちに心ひかれて、生き生きと輝く高齢者を撮影した作品を、日本リアリズム写真集団、全日本写真連盟の会員として、こつこつと作品を発表してきた。

そうした作品を集めて小林光子は、1990年、63歳のときに写真集「百歳萬才」発表する。今回の写真展では、その一部の作品も展示します。

小林光子が写真を始めたときから、母・風巻サダはそのモデルとなり、1984年、83歳のときから、亡くなる2004年、1月まで、20年に亘って撮影は続けられた。

戦災で東京・目白の家を焼け出された1945年(昭和20年)から、サダは一家とともに川崎の元住吉に移り住み、川村女学院、洗足学園で理科(化学)の教師として教鞭をとり、1971年、70歳を目前に退職するまで、実母のトヨ、夫の義雄、6人の子供や、ときにはその家族達と暮らしながら、一家を支える大黒柱だった。

1971年に夫・義雄が78歳で、1975年に実母・トヨが93歳で亡くなってからは、すぐ隣に娘(三女)の家族が住んでいたけれど、ひとりで自立した暮らしを選んでいた。

花への水やり、新聞とり、洗濯、掃除、体操、調理、食事、髪梳き、買い物、柿の収穫、編み物…、カメラを構えるのが娘だという気楽さか、いつものように坦々と繰り返される日々の生活。
そんな姿に寄り添うようにカメラを向けながら、小林光子の写真は、明治生まれの母の持つ凛としたたたずまいを捉えている。

1996年、軽い脳梗塞で倒れてからは、からだも頭も老化を進め介護が必要になる。
脳梗塞の後遺症か表情も硬く、車椅子での生活となり、特別養護老人ホームのショートステイや、 訪問入浴サービスなどをカメラは写している。
童女に帰ったような晩年だったが、生きることには執着し、自己主張もし、また輝く一瞬もあったという。
正月や、白寿のお祝いの家族写真では、心なしか表情がゆるんでいるように見える。

なお、今回の写真展の会場になるスペース「アートスクエア木月」は、風巻サダが亡くなるまで住んでいた木月の家を、新しく建て替えた家の1階部分になります。   



問い合わせ  

アートスクエア木月

Tel. 044-433-4010   

e-mail:takashikazamaki@h6.dion.ne.jp


Kazamaki Takashi
小林光子   0 0

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