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Kazamaki Takashi
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詩朗読会 「八・一五 ~」
■ 長谷川修児詩朗読会「八・一五 太陽は希望か 希望は戦争か 栄養不良少年はいく」

日時

2008年8月15日(金)
午前2時より午後5時まで 入場無料

場所

元住吉  アートスクエア木月

*東急東横線「元住吉」駅西口徒歩3分

川崎市中原区木月1-8-4  Tel. 044-433-4010

内容 

長谷川 修児(詩)木村まき(詩)黒田順子(詩)

梶谷泉(影絵芝居「狼の系譜」)ぼけまる(唄)貝方寺秀一(唄)

DVD上映「私の八月十五日 長谷川修児」(脚本・詩・朗読 長谷川修児)ほか 


一九四五年七月二十八日 P51は機首をぼくたちにむけるとまっしぐらに校庭に急降下してくる 反復急降下するたびにぼくたちの目の前に弾幕の土煙りがたって それはぼくたちの防空壕に急速に近づいていた 操縦士の顔が突っ込んでくるような気がして みんないっしんに校庭をみつめていた ぼくたちはだれも死ななかったけれど 近くの工場に勤労動員にでていた二年生が死んだ(略)


東京を離れてからわずか百十四日で戦争は終わった 八月十四日 戦争最後の夜 熊谷空襲の炎に武蔵嵐山の空は燃え B29爆撃機は十五日朝になってもとぎれることなく飛びつづけていた 空にたちこめるけむり 交差するサーチライト 仰いだ少年の最後の戦争をぼくはずるずるとひきずっている 八月三十日 ダグラス・マッカーサーはやってきた (略)


戦場から兵隊が帰ってくると疎開者は住む場を失った 父について農家をめぐった 馬小屋でよかったら貸そうという農家もあった 農家も生活に必死だった 一日の食料もままならなかった 唐子の甘藷もなくなっていた


十四歳忽然と悟りの気にぼくは満たされていた 戦争は人々にとって生きていく張であった 荒廃は戦争のあとからやってくる ぼくたちの少年期はまだ抹殺されつづけていた 戦争と焦土にはいつくばって胸を張ってきた栄養不良少年は はげしく移り変わっていく時代と人間にたじろぎながら未来をみつめた           

(唐子村慕情 抄/長谷川修児)




反戦、反骨の詩人・長谷川修児にとって、「八月十五日」は特別な日としてある。
それは終戦の日でも、平和の日でも、慰霊の日でもない。
多くの日本人にとってその日は、過去の過ちを振り返り、尊い犠牲となった同胞や近しい人達のことを思い、その人達の無念の上に築かれた戦後の平和に感謝し、この国の繁栄を信じ、自分自身の今ある生をいとおしむ…、おそらく、そんな日に違いない。

しかし、長谷川修児の「八月十五日」は、そうしたものとは無縁のところで、戦後の始まった日としてある。
軍国少年としてかけがえのない少年期を抹殺されたものにとって、その日は、まったく新しい人生のスタート地点だったはずだ。
これから時代が変わる…、そうした思いもつかのまに、この国を変えさせないという策動や、極東を支配したい大国の思惑によって、平和憲法や民主主義の理念さえもなしくずしにしていくような、いびつな国にこの国はなっていく。
自衛隊、安保条約、経済侵略、PKO、イラク戦争…いつのまにか軍事大国へと向かうこの国の現実を、もう一度しっかりと見据える必要がある。
長谷川修児が、この日にこだわるのは、「もう二度と、国にはだまされたくない」という、14歳の栄養不良少年の「声なき叫び」を、今の時代によみがえらせたいからなのだ。

文責  風巻 隆(アートスクエア木月)



問い合わせ    

tel & fax:044-433-4010 アートスクエア木月

e-mail :takashikazamaki@h6.dion.ne.jp (風巻)


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